辛かったら、6秒間泣いてみればいい。


生活っていうのは意外と大変で、『普段』を失ってしまうととたんに「あれ?どうして?」がすとん、と自分の所にだけ落ちてくる感じがしたりしますね。

不意にそういう感じになったり、あるいは、そうではなくて本当に辛いことがあって、しんどい、生きるのもやだ。っていう事もありますね。そういうときは、もう何も信じられなくなったり、誰の言葉も聴きたくなかったり、全部が全部自分の味方をしてくれないように感じたりします。

こうなると、それはもうどうしようもない、自分の世界です。その中にはきっと、誰かと上手くいかないだとか、○○をしなければいけないけれどしたくないだとか、周りの環境も混ざっているのでしょうが、それは仕方ないです。周りが変えてくれる事はたいてい、周りの優しそうな誰かが「こうしてあげれば少しは楽になるかもしれない」と思ってする、周りの世界です。自分のことは動きません。だから余計に辛い。もう無限ループで辛い。

時々、ほんとうに稀に、誰かが救い上げてくれたりすることがあって、例えば親しい友人であったり恋人であったり、それはたった数文字の言葉だったり音楽だったりもします。でもほんとうに稀です。ほとんどは、自分でどうにかするしかない。でも辛いので、浮上するために大きく息を吸えなかったりします。常に運動後のぜえはあいっているような激しい息か、寝息のように規則正しく浅いもの、無呼吸症候群みたいに、ときどき止まったりしているかもしれません。

辛いときは、力が出なかったりします。宇宙から帰ってきた人が空気って重かったんだと感じるらしいように、「力を出す」事そのものに力が要ることを急に自覚したりとか。これがやっかいです。足掻けない。苦しい状態を脱したいのだけど、どこをどうして掴んでいいかとか、穴から出るためのジャンプの仕方とか、そういうのがまるで遠くにいってしまったかのように感じたりします。

そうなってしまうことがあるとき、どうしたらいいか。その時になったらきっと、意味も何もないのだろうけど、少し昔どこかで聴いたか見たか読んだかした物の話。

心理学において、「ある出来事が起きた時の反応から、その時感じた感情は6秒間しか持続しない。つまり、「○○が起きて悲しい」状態から6秒後は、『「○○が起きて悲しい」事が悲しい』ということ。」

つまり、感情が持続するのは6秒間で、その後はその感情が起こった事への感情に移り変わっているという事だそうです。なんだか難しい話に聞こえます。というか難しい。わたしの記憶が正しいのかどうかすら怪しいです。

でも、試してみても損はしないかも知れません。どうしても辛くなったとき、6秒間だけ泣いてみる。この際、時間はどうでもいいような気もします。自分が6秒間と感じる間だけ、泣いてみる。もしかしたら少し楽になるかもしれないし、ならないかもしれないけど、これを思い出してやってみた、そのことに力を使えたことに何かのとっかかりがあるかもしれない。人それぞれだけど、どうしても耐えられなくなったら、価値のあることかもしれません。

自分の世界にいる誰かへの、周りの世界のわたしの戯言です。

おわり。