味付き


その日は妙に暖かくて、僕はシャツのボタンをひとつ外した。

花粉症の薬は朝にひとつ飲んだ。それが眠気につながっている訳ではなく本当に疲れているのだということに気付いたのは、窓の外に見えた街灯が点いていたからだったし、読んでいたはずの本が床に落ちていたからでもあった。部屋の暗さに目が慣れるまでたっぷり時間が掛かった後、何か飲みたいと思った。

外は排気ガスと甘ったるい香水と、その他のどうしようもなく生温い人の香りに満たされていて、僕はその中を口を閉じて歩く。いつもの自販機まで、僕は口を閉じて歩く。

缶コーヒーを買おうとした手元が、ホットミルクティーのボタンを押した。プルタブを開けて、僕は口を開ける。こんな味だったっけ。もう一口。こんな味だったような。飲み干す間際に思い出した。君の味だった。

君と出掛けるときはいつも僕はコーヒーを飲んだ。君はミルクティーを飲んだ。君は僕の味付けを、苦いと言った。僕は君のいないところでは、水を飲んだ。それだけだった。

帰りは口を開けて歩いた。君のいない街は変わらず、どうしようもなく生温かった。部屋に帰り、花粉症の薬を飲む。口を開けて、水を流し込む。冷えた透明な水は、僕の味がした。

その日は妙に暖かかったのに、僕は毛布をかぶり眠った。


おわり。