つないでクリップ



一定のリズムを刻んで歩くその姿に、人間味がかけらも感じられなかった。

全く隙がない、というのはありえないことで、何かしらの誤差が生じてしまうのが普通だと思っていた。もちろん今でもそう思っている。だけど今私の目の前では、さっきまで一番身近に感じていた人は完璧だった。抜け目なく真っ直ぐに、その全てが正しいというように、彼は不自然に歩いていた。


明らかに不意打ちだった。彼に関して、私は他の誰よりもよく理解っていると思っていたし、彼もそう思ってくれていると思っていた。何よりも共に過ごしている時間が誰よりも多いことがそれを裏付けているはずだった。でも私は見てしまった、彼が私の知らないところで、私の知らない歩き方で、違う世界を見ているのだということを。

当たり前の事なのだろうけど、私にはそれがどうしようもなくたまらなかった。もう私は彼で、彼は私で、同じものだと思い込んでいたかった。それが私をここに立たせている、支えている、唯一縋る事の出来る魔法だったのだ。それが、一瞬で解けてしまった。私は夢から追い出されてしまった。私の眼に映りこむ物が色を取り戻していく。音をかき混ぜていく。たまらない。


彼が去ってからどれくらい経ったのか。時計を見ると長かったようで一瞬だった。1分も経たずして、私はきちんと不完全な自分を取り戻した。空は青いし、風は気持ちいいし、周りの話し声はどこか楽しげだ。いつまでも傾いではいられなかった。私は私を作って行かなければ。


わたしは彼になりたかったのかな、と思う。彼をずっと―好きな所も嫌な所も含めて―見てきたけれど、知らず知らずの内に、それが彼の全てだと思っていた。そしてそれは私の全てだと思っていた。思っていたかった。彼は私のアイデンティティーだった。

きっと私にだけ、違う彼が見えているのだろう。他の人には見えない何かも見えているのだろう。不自然な彼と不完全な私。その隙間を埋めるために、これからも私達は何度も違う私達を見るのだろう。その度に揺らいだり離れたりくっついたりして。私達はまだまだこれから。そう思うと、ふっと力が抜けた。また新しい彼を見つけるために、私は彼の後を追った。




かしこ