シナリオ


昼食は少し手間の掛かった日本の朝食というような感じだった。焼き魚にだし巻き卵、ほうれん草のおひたし、豆腐とわかめの味噌汁、炊き込みご飯に漬け物が3種類。

「全部知っていたの」

ちょうど時計の長針と短針が反対に向いているのを見る。こういう日は何かが起こりそうな気がしているのだけど、今日はもう既に起こってしまっているのだから、これ以上何も起こらない事を願うだけだ。

「そうね、少し確証がないこともあったけれど」

だし巻き卵は僕の好みに合わせて少し甘くなっている、はずだ。いつもそうなのだからそうだと思っていたかった。今は舌がうまく味を感じ取ってくれないみたいだ。

「もう知りたいことはないの」

彼女は昼間からもう水割りを飲んでいたし、僕も飲まずにはいられなかった。2人とも明日も休みだから問題はないだろう。人として昼間から酒なんて飲んでることはどうなんだと言われると口ごもってしまうだろうけど、今はそんなことはどうでもいい。

「ないと言ったら嘘になるけど、これ以上私が知っても同じだろうからもういいわ」

炊き込みご飯なんて何年ぶりに食べただろうか。そういえば、以前にもこんなことがあったような気がしないでもないけれど、都合よく思い出せる程僕の脳は要領がよくない。

「そういうものなの」

ペースが早い。いつもよりもテンポ良く、彼女はアルコールを摂取していく。僕はそれを止めないし、酔うごとに饒舌になっていく彼女を見るのは嫌いではないし、そもそもお互いのやることに干渉しないのが僕らのスタイルだったのだから、何も問題はない。

「そういうものなの。例えばあなたにもう一人愛人が居たとしても驚かないけれど、私が知らないでいるのなら、私はこのまま平穏に暮らしていけるもの」

焼き魚の骨を取るのに苦労しながら味噌汁を飲み、おひたしの残りを口に入れる。彼女の顔が少し赤い。

「これまでも、これからもきっと変わらないのだろうけれど、私にはわからないように注意深くやってね。あなたには簡単なことでしょう?私には難しいけれど」

少し残っていた水割りを飲み干して、僕は箸を置いた。酒はもう彼女のグラスに残っている分だけだった。

「出来る限り努力するよ」

彼女もグラスの中身を空にした。テーブルの上に残っているのは、半分ほど残っている漬け物だけになった。少し眠そうな彼女の代わりに、片付ける為に席を離れようとした。

「これであなたのシナリオ通りなんでしょう?」

振り向いたときに見た彼女の顔は赤くなかったし眠そうでもなく、ただ真っ直ぐに僕の目を見つめていた。今になって、炊き込みご飯の味が口の中に広がる。6年前と同じシナリオに、僕は酒を残しておかなかった事を後悔した。時計の針はまたしても、180度違う方向を指していた。



かしこ