ひとことで救われることもある。


最近、気持ちの上でも体調の上でもあまり調子がよくありませんでした。自分自身の中で「今までわかってはいたんだけれど向き合いたくなかったこと」を言葉にしてしまって、自分でもびっくりするくらい動揺してしまったということがあって、気持ちの整理がぜんぜん付かないままでした。

なんというか、「言葉」として一度吐き出してしまうことは、その事実をもう一度自分で再認識するっていうことだから、正直言ってそんなことはしたくなかったし、できることなら見たくない現実を、わざわざ自分から目の前に持ってきて苦しんでいました。

いつかはちゃんと考えないといけないことなのだけれど、そのいつかをもう少し先延ばしにしたくて、できることならもっと切羽詰ってギリギリの時にふっと考えるくらいの、そういう感じでいたかった。だから、少し、いやかなり戸惑いました。

そういう状態が1週間ほど続いて、とうとうtwitterにも常軌を逸した発言を繰り返すようになってしまったために、これはまずい、とまだあと少しだけ残っていた理性がフル回転して、親友に電話をしました。

いつも、ゆっくり話を聞いてくれる。間には「うん」「そう」「それで?」と、とにかく聞いてくれる。わたしから言いたいことを、全部吐き出させてくれる。もしかしたら、もうめんどうだからかもしれないのだけれど、その間、相槌を打つだけでわたしの話す、よくわからない言葉をずっと聞き続けてくれました。

それだけでもう、わたしはすごく楽になれたんです。自分でも何を言っているのかどうかわからないものだったけれど、それでも不安な気持ち、重いカタマリみたいなものがふわっと離れていくような。

最後に一言だけ、親友が言いました。


とりあえず、そういうの全部置いといてさ、ご飯食べに行こうや。きっと楽しいで。


いつもいつも、わたしの欲しい時に欲しい言葉をくれる、そんなことがある。たまたまなのかもしれない、でもそれは、わたしにしゃんとするきっかけをくれた。

ひとことで救われることもある。そういうことを突然知ってしまったりするから、まだまだ人生はやめられませんね。


かしこ