思い描いた景色とは違うけど


正直なところ、誰ともつきあったことのないわたしが、恋愛タグをつけるのはすごくおこがましい気がしているのだけれど、そういった人間が書いてみてなんらかのレスポンスがあれば、それはそれで自分の考え方が変わったり新しい視点、それこそはてブ人気エントリのような新しい考え方になったりするのかもしれないのだけど、自分を今まで創ってきた根本的な、刷り込みのようなところのものは結局変わらないような気がしている。うわべだけがどんどんと移り変わるスピードが加速度を増して押し寄せていってしまって、詰め込みすぎになっていく、ということをわたしはこの1ヶ月、PCを本格的に使い出してからより感じるようになった。


もちろん、いままでそんな考えを持っていなかったわけではないのだけれど。ただ、普通に現実を生きていると感じ取りたくないような、そんな流してしまいたいものがどんどんたまっていくのを、無視できない状態に持っていってしまうのがインターネットだっただけで。


普段、大多数の人があまり声を大にして話さない考え方が可視化してどんどん頭の中に入ってくるというのは少し、考えると自分の核だと思っていた部分がぐらぐら揺らいでいくのが手にとってわかってしまうので深みにはまっていってしまう。悔しいことに、わたし自身がそんなにカチッとした核を持っていないためにこうなってしまいやすいことは十分わかっているのだけれど。先日の恋愛タグのエントリも、正直言って上げなければよかったなと今更思ったりしているくらいだ。上げたものは消さないと決めているので、もうどうしようもないマイナス感情が湧き上がっている。


それでも、これからもわたしは恋愛タグをつけて書いていくだろう。

思い描いた景色とは違うけれど、それでも、わたしはわたしのこのしっかりしない核の部分が流されることのないように、しっかり確認するために。