「勉強ができる」し「運動ができる」子どもだったわたしはどうすればいいかわからなかった

「勉強ができる」子どもだったひとたちへ - Atom III


このエントリで結構いろいろ昔のことを思い出した。


小学生だった頃、特に勉強というのは周りの友達との友好関係を築く上で、それほど大きな障害を持つものではなかったように思う。むしろ、「速く走れる」だとか「なわとびが上手い」だとか、そういった運動のよく出来る子は人気があった。


わたしも、ある程度運動は多彩にこなすことが出来たから、割と友達は多いほうだったと思う。もちろん主観的な意見なので、友達たちがどう思っていたのかはあまりよくわかっていないけれど。


のちに中学に上がり、わたしは陸上部に入った。最初の方は全然芽が出なかったが、そこは中学生だ、着実に練習を積んで1年半も経つと、なかなか活躍することができた。大阪市内、という狭い範囲内だったけれど、そこそこ注目されるようになった。


勉強の方は、全くと言っていいほどしていなかった。というより、当時のわたしにはする余裕がなかった。朝から晩まで、練習漬けの毎日で、勉強などはどうでもよくなっていた。授業は寝るために受けているようなものだった。


でも、毎度の定期テストは、常にトップ5に入る成績を取っていた。記憶力は人よりはあったようで、眠い頭で聞いていた授業でも、一度聞いていればたいていのことは頭に入っていた。一度は通知表でオール5をもらったこともあった。


しかし、そのことをよく思わなかった友達も多かった。「なんでsmiLeyは何もしないであんな成績が取れるんだ」と。先生たちも「お前は勉強が出来るんだから、部活ばかりしないで勉強をしろ」と言った。


高校を受験するときも、わたしは陸上競技の強い、公立の体育科を受けると言った。先生たちには猛反対された。「勉強できる能力があるのだから、それに見合った高校に行け」と、卒業するまで言われ続けた。友達も、「せっかく勉強が出来るのにもったいない」「能力があるのに活かさないのはずるい」と何度も言われ続けた。


それでもわたしは、その体育科を受験し、合格した。高校でも部活漬けの毎日を送り、2年の時には、目標としていた近畿駅伝のメンバーにも入ることが出来た。わたしはそのことをとても誇りに思えた。


しかし、高校でも先生や友達は、「何でもっと上の高校に行かなかった」と言われ続けた。体育科にいながら、部活の成績を聞かれることはとても少なかった。


そうして、わたしは勉強を今まで以上にしなくなった。テストでわかるところも解答を書かなかったりした。成績が普通になったわたしには、少し友達が増えた。先生は部活の調子を聞いてくるようになった。




わたしは運動が得意だった。水泳も出来たし、器械体操も出来た。球技もだいたいのものはこなせたし、陸上競技は個人の能力がもろに出るから、あまり良いものではなかったが好きだった。何よりも、体を動かすことがとても好きだった。


しかし、運動が出来て大人たちが何か言うことはなかった。むしろ、勉強が出来たことで、そっちに意識を向けようとした。


そのときのわたしには、どうすればいいかわからなかった。だからとにかく、好きだったほうを目いっぱいやった。そのことを後悔はしていないけれど、未だに思うことがある。


どちらかに偏って出来ていれば、もっといい思い出があったのだろうか。