守られていたのはわたしのほう



きっと…きっとそう言える日もおそらくは来るのだろうけれど、たくさんのものを与えてもらって、でもずっと還せずにいる優しさを、どこに自分自身が持って行けるんだろう。

倖せになってもらいたい。与えてもらったものをそのひとに還すことで倖せになれるのなら、出来る限りそうしたいと思う。でもそうじゃない。

与え続けることができるひとは、きっと与えていることを自覚していないような気がしてならない。そのひともまた、誰かになにかを与えてもらっていると感じているのかもしれないとさえ思う。

でもわたしにはそれが出来るような気がしない。与えてもらったことを自分の中でくりかえし、くりかえし温めて、それを思いだし続けないと消えてしまいそうな、誰かに与えられるかもしれないだけの余裕がない。



与え続けるひとにもきっと辛くなることもあるはずで、崩れそうになることもあるだろう。きっと与えられる余裕がなくなって、壊れそうになることもあるかもしれない。

それと同じくして、与えられ続けるひとにもきっと、与えられたものを受けいれるだけの余裕がなくて、壊れそうになることもあるのだろう。



思いがけずそういうことになりそうだったことを思い出して、思い出に壊れそうになった。